この夏の各地の災害は、もはや異常です。国内のみならず、世界中で数えきれないほど被害があり、命が奪われています。何かしたいと思いつつ、遠出もできぬ状況になった我が身に、無力感しかありません。1日も早く、安全で快適な場所で過ごして頂けるよう、祈るばかりです。
当地も、決して他人事ではありません。酷暑の時期の停電と断水、どんなに長い1ヵ月だったか、察するに言葉もないです。停電した暗闇で、たった1本の懐中電灯があるだけでも、ずいぶんと心強いことでしょう。
その「懐中電灯」が、親の遺品整理で、これでもかと出てきました。1軒の家に、何でこんな数のライトとラジオがある?父の認知症発症以後ならわかりますが、それ以前と思しき製造の品もけっこうあります。もはや謎。
全てに電池も入っており、湿気の多い夏を幾度も越し、悉く緑青が吹き、錆びついて、酷いものは電池ごと固まって、びくともしません。メーカーすら不明の物もあり、たとえわかって問い合わせても、まず100%修理不可と言われます。部品が無い、又は買った方が安い、と。
こういう品は、すぐ使えるように、電池を一緒の場所に、かつ、本体には入れずに別々にしておくのが一番なのですが、あれほどメカに凝っていた几帳面な父が、何故かそうはしていませんでした。このたった5本でも4個のラジオでも、必要な人の手に、ちゃんと使える状態で渡せたら、と、がっくりです。
20年経っても、蓋裏のパッキンだけちゃんと買い替えられる、ドイツの圧力鍋のようだったらいいのに。そういえば、つい先日、ガラスの冷茶ピッチャーの蓋だけ買えるとわかったのは嬉しかったです。ヨーロッパ系は、けっこう、こういう品物があります。
以前、日本のどこやらに、昔の電気製品をほぼ何でも修理できる方がおいでだと見聞きしました。やはり、というか、全国から依頼殺到で、仕上がりまで年単位を要するとか。でも、皆さん、楽しみに気長に待っていらっしゃるそうです。そうまでしても、大事に使いたい人がいるということです。
まあ、メーカーは、何でも直されたら新品の売り上げが落ちるから、困るのでしょう。でも、こうした地道な活動こそ、本当の環境保護だろうなぁ、と思います。国も、良心的なメーカーや、規模は小さくとも、優れた修理所を支援するなり、私たちの税金を、かけるべきところに使ってほしいものです。そして、修理のベテランの方の技術を継承することも必要です。何でも売ればいい、で終わりにしないで頂きたいと、切に願いますし、もう、そういう時代ではないと思います。